熱中症の話 その①  〜何故起こるのかと何が起こるのか〜

熱中症

山吹薫は休憩室の窓を開け放つ。僅かに湿り気を纏う空気が緩やかに流れ込むのを感じる。そしてまさかこんな時に空調が故障だなんてと肩を落とした。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

あっついわー!山吹さんどうにかならへんのー?冷たいお茶が欲しいわー!

山吹 薫
山吹 薫

それはそうと、なんでここにいるんだ?

上代 葉月
上代 葉月

ちょっと咲夜。それに山吹さん、お茶などはお構いなく・・・

山吹 薫
山吹 薫

うん。それはありがたいが、なんで君もいるんだ?

白波 百合
白波 百合

まぁまぁ。皆様冷たいお茶をどうぞ。先輩にはアイスコーヒーを用意しました。

ありがとうと白波百合からそれを受け取りつつ、山吹は項垂れる坪井咲夜と姿勢良く冷えた茶を口に含む上代葉月を見る。そしてこれじゃすっかり溜まり場だと溜息を吐いた。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

しっかしこんな時期に空調壊れるなんて熱中症になるわー。

上代 葉月
上代 葉月

そうだね。でもあれ?熱射病とも言わない?

白波 百合
白波 百合

あれ?日射病とも言わないっすか?これってどういう事なんすかね?

山吹 薫
山吹 薫

お前らなぁ・・・

と山吹は肩を落とす。従来の定義や民間に伝わる定義は驚くほど早く変化し、そして停滞もするものだ。しかしこれからの季節はしっかりとこれは理解しなければならないからなと腕を組む。

山吹 薫
山吹 薫

まず熱中症とは、体温が過度に上昇し、体内の水分や電解質のバランスが崩れたりする事で体に様々な症状を引き起こす事を言う。この季節から夏の終わりにでもよく見られる症状だ。まずはそこを覚えておこうか。

白波 百合
白波 百合

そうっすよね。救急で運ばれてくる人も増えるっすから。でも体温が上がるという事は何かに感染して熱を出すとは違うんすよね?

上代 葉月
上代 葉月

感染による発熱は、視床下部っていう体の体温の基準。セットポイントと呼ばれる部分で体の代謝や、免疫の機能を上げるために上がるって事でしょ?でもそれは熱中症とか熱射病とは言わないよね?

坪井 咲夜
坪井 咲夜

確かにそうやなぁ。でも熱も温度の高い所から低い所に移動するやろ?お風呂なんかそうやん?やったら気温が体温よりも高いと、低い体に熱が移動するから体温は上がるやんな?発熱で熱が上がる時となんや逆な気がするねんけど。

ふむ。と山吹は腕を組みつつ三人を見る。賑やかなだけではなく的を得ている気がするのは、きっと彼女たちも臨床で働いているからだろう、そうとも思う。

山吹 薫
山吹 薫

無論、発熱により体温が上昇する事と熱中症で体温があがる事は大きく違う。まぁその二つはよくオーバーラップする事もあるが、、、とにかく熱中症に限ると、体を外敵から守るために視床下部はセットポイント、体の体温の基準を上げない。なのにも関わらず種々の要因にて体に熱が溜まり高体温となる。これはうつ熱と呼ばれる。この区別はしっかりつけておくように。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。視床下部のセットポイントが上がるのは、体の代謝を高めて外敵から身を守る事っすよね?なら基本的に体温が高い方が良いんじゃないっすか?

坪井 咲夜
坪井 咲夜

あんたなぁ。そんな年がら年中代謝が高い状態が続いてみぃ。聞いただけで体が疲れるし負担やろ。アンタみたいにみんな元気な訳と違うんやから・・・

上代 葉月
上代 葉月

それに体温が上がり過ぎるのもなんだか危ない気がするよね?それで運動中に倒れる人も沢山いるんだから。

それもそうっすね。と白波は視線を横に何かを考えている。いつの間にかこうやって講義をする事に慣れてしまったと山吹は思う。

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。普段の体温がそうであるのは体の中での活動がそれで適しているからだよ。体温が高ければ確かに代謝は上がって良いかもしれないが何事にも適切な限度がある。例えば朝食に卵を焼くとしてそれはどうなる?

上代 葉月
上代 葉月

えぇと、卵は固くなりますね。って事は体の主成分もタンパク質ですから普段の状態から変化するって事ですか?

坪井 咲夜
坪井 咲夜

山吹さんも料理しはるんやね!びっくりや!でもタンパク質が固まるのは60度くらいからやろ?体温はそこまで上がらへんやん。もちろん火傷ならまた別やけど、でも体温が上がり続けると確かに体の中のタンパク質も変性してしまうなぁ。

白波 百合
白波 百合

意外に先輩も料理するんすね!でもそう考えると怖いっすよね。体は筋肉だけじゃないっすから、内臓や脳だってそうやって障害されると本当に怖いっす。

ちょっと二人ともと上代は嗜める。それを眺めながら確かに昔は料理をしていたような気がする。だけども今はそうでもないなと改めてそう思う。それは何故かを思い出せないのが不思議だった。

山吹 薫
山吹 薫

もちろん。熱中症が高度であればある程、めまいがするなんてものでは済まない。意識を失ったり後々後遺症が残ることもあり、そして他臓器の不全や血液をサラサラに保つことも出来なくなり固まる事もある。他にも主に筋肉を構成する横紋筋が融解するといった様々な症状を呈する。

白波 百合
白波 百合

うへぇ。それは怖いっす!普段ニュースでよく見るのは、熱中症で何人が搬送されました・・・ってだけっすからね。それだけじゃ中々怖いとも思わないっすよ!

上代 葉月
上代 葉月

確かにスポーツしている人はそうだけど、最近は自宅に居ても熱中症になる人も多いもんね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ホンマやウチらだって、今まさにこの休憩室でやられそうやもんな・・・

本当にそうだと山吹は右手で額を仰ぐ。確か昔の料理をしない主任もやたらと暑さに弱かったな。そんなことをふと思い出した。

白波百合のノート 84

・熱は高い所から低い所に移動するっすから、外気温が体より高くなると体の中に熱が溜まる。うつ熱という。

・感染症による体温上昇とうつ熱での体温上昇は違うけど、オーバーラップする。

・やっぱり快適な温度は大切っす。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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